INTERVIEW

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藤沢文化の中心地、その魅力と可能性。それは、藤沢を知る人ほど価値が分かる場所。

  • 阪急阪神不動産株式会社住宅事業本部首都圏マンション事業部 河野 哲
    阪急阪神不動産株式会社
    住宅事業本部 首都圏マンション事業部
    河野 哲
  • 相鉄不動産株式会社開発営業部開発営業センター 藤田 知覚
    相鉄不動産株式会社
    開発営業部 開発営業センター
    藤田 知覚
  • 東京建物株式会社<br住宅事業部 事業推進グループ 山東 茂軒
    東京建物株式会社
    住宅事業部 事業推進グループ
    山東 茂軒
  • 藤沢地域情報誌フジマニ編集長 三浦 悠介
    藤沢地域情報誌 フジマニ
    編集長
    三浦 悠介

    デザイン会社を経営していたお父様が東急ハンズ一号店の広告クリエイティブに携わっていた関係で、幼いころより東急ハンズが身近な存在だった三浦さん。2003年には「地域情報誌フジマニ」を発行。地元商店や施設の取材・広告制作に携わり続け、藤沢の歴史や現在の状況、将来に対しても深い見識をお持ちです。

  • 着物屋「からこ」女将 木下 浩子
    着物屋「からこ」
    女将
    木下 浩子

    着物好きが高じて呉服店に勤務。2000年には鵠沼石上の地に「きもの処からこ」を開業。2005年より鵠沼橘の地で、着物販売、着物レンタル、着付け、着物のスタイリングやヘアメイクなどのサービスを展開。ご自身は藤沢プラザ(旧東急プラザ)のご近所に住まわれており、本プロジェクト周辺の環境も熟知されています。

  • 住宅・不動産ジャーナリスト 目黒 孝一
    住宅・不動産ジャーナリスト
    目黒 孝一

    不動産経済研究所常務取締役を経て、住宅・不動産ジャーナリストに。不動産マーケティングのエキスパートとして、多数のメディアに記事を掲載。

藤沢文化の中心地として発展した、旧東急プラザ周辺。

三浦
東急プラザがオープンしたのは1982年。木下さんのおっしゃるとおり、東急ハンズができて以来、街の人のお気に入りのたまり場みたいな場所でしたから、周辺にはどんどん面白いお店が集まるようになりました。特に古着ショップがたくさんありましたね。アメリカからコンテナで古着を取り寄せていたそうです。だから、東急プラザ周辺にはアメリカンポップカルチャーの薫りが漂っていた気がします。それもやはり東急ハンズがあったことの影響なのでしょう。
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木下
私の子どもたちも、古着ショップが大好きで、よく東急プラザ周辺をうろついていましたね。
山東
今、藤沢プラザ(旧東急プラザ)にはユニクロが入っています。2006年に藤沢プラザになってすぐにテナントに入っていて、当時はちょうどファストファッションが流行り始める少し前ですから、そういう流行をキャッチアップできる場所であり、またそういうお店の出店先に選ばれる土壌がある、まさに、文化の発信拠点という感じの場所ですよね。
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木下
昔から駅南口や東急プラザ周辺はとにかく明るくおしゃれな雰囲気でした。ビーチサンダルにブランドシャツを着て歩いてもサマになるような場所でしたね。
三浦
東急プラザ周辺は、音楽でも藤沢文化をリードする場所でした。その中心的存在であったCDショップ「TAHARA」も東急プラザにありました。いわゆるJ-POPだけでなく、地下が丸ごとクラシック音楽売り場になっていたり、ディープな音楽も扱っていて、当時の藤沢の若者に大人気でした。音楽文化の発信にも力を入れていて、地元のバンドにインストアライブの場を提供したり、「タハラジマ」という藤沢店オリジナルのコンピレーションアルバムを出したりしていました。
目黒
お話を聞いていると、やはり藤沢という街の成熟した歴史と文化があったからこそ、東急ハンズや東急プラザという文化的なスポットが、街の中心になっていったのだという印象をうけます。街というのは、駅前だけでなく、そこからグラデーションのように文化が広がることで、奥行きや懐の深さが生まれます。
藤沢は、駅前だけでなく、鵠沼、江の島、海、山など、様々なグラデーションが街全体を覆っていて、そのグラデーションが重なり合う場所が、かつての東急プラザや東急ハンズがあった、今回のマンション計画地なのだと思います。
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三浦
生活の奥行きということでいうと、幼いころに東急プラザの前の広場で、太極拳をやっている人たちを見たことがあります。生活のなかの一つひとつを面白がることができる、そういう雰囲気が藤沢にはあふれている気がしますね。
木下
もともと藤沢は、宿場町だった側面もあります。北側には遊行寺があり、南には江の島があり、どちらも遠くからたくさんの人が訪れる場所。東急プラザがあった場所は、その2つの中間点で、人をもてなしたり、新しい文化を受け入れたりする気質が、自然と育まれたのだと思います。私自身、商売の関係で、商工会や婦人会をはじめ様々な集まりに顔を出すのですが、上から目線や排他的な意識を感じることは全然なく、みんなすぐに仲良くなれてしまう、そういう温かみをいつも感じています。だから、交流も活発だし、いろんなつながりが生まれる街です。
山東
「つながり」は藤沢の大きなキーワードだと感じています。たとえば、三浦さんのお話に出た太極拳。太極拳というのはひとつのツールですが、地域や家族との「つながり」がきちんとないとできないことです。そういう、「つながり」を感じる活動や生活シーンが多いことは藤沢の特長ではないでしょうか。
三浦
そういえば、藤沢には昔から外国の方が数多く暮らしていらっしゃいます。今となってはそれほど珍しいことではないかもしれませんが、藤沢は、私が学生の頃から、仕事や観光で訪れてそのまま住み着いたという外国の方がたくさんいらっしゃいました。そうした方と地元の方が仲良くなって、一緒にバンドを組んでいたり、すぐに誰とでも仲良くなり、つながりがどんどん広がるというのは、確かに藤沢の大きな特長だと思います。
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